(一応、ネタばれの無いよう留意して書いているつもりです。)
赤い糸で結ばれた男女の邂逅という単純なモチーフを、よくもまあ、膨らまして、ひねり回して、これだけのものに仕立て上げたものだなと思う。さまざまな価値観やパースペクティブを取り込んで総合的な世界観を浮かび上がらせる。これぞ総合小説か。
文学的な価値はさておいて、さまざまな世界観と言っても、浮かび上がったのは
なんだか怖い世界観に思える。リトル・ピープルという抽象的な存在のメッセージが強烈過ぎるせいかもしれない。
マルキシズムに変わる座標軸を探しもとめて、カルト的なもの、ニューエイジ的なものに関心を持ったりした。その結果の一つが、リトル・ピープルだと、村上春樹氏は言う(*1)。
カルトが引き起こす社会悪は許されるものではないとしながらも、カルトの根拠となっているものをよくよく調べたり、教団の中で理想を追い求める人々がそこの価値観に染められていく姿や過程を個々に調べてみると、情状に納得性を見つけてしまう。そこで彼らは責めるに値するのだろうかと考えてしまう--そんなことが書かれているような気がする。青豆が最後の仕事をするときに知る真実(相手から受けた説明)に表れているし、作者インタビュー(本エントリ末尾に引用)にも表れている。
カオス化する世界はひとつの価値観で描写することができないから、リトル・ピープルなる抽象的な存在を立てたのだと思うが、その存在はカルト教団の源にもなり、血分けを思わせるレイプにもつながっていた。血分け的なものにおいて、リトル・ピープル・モーメントも反リトル・ピープル・モーメントもない。
天吾と青豆の純愛という大きな軸が月並みなばかりに、リトル・ピープルという抽象的な存在から導かれる世界観(メッセージ)が強烈に見えてしまう。
どれほどの世界観を浮かび上がらせられたのだろうか?大きな疑問が残る。
以下に、読売新聞のインタビュー記事(*1)で作者が、地下鉄サリン事件実行犯の一人である林泰男死刑囚のことに触れた箇所を抜粋する。
ごく普通の、犯罪者性人格でもない人間がいろんな流れのままに重い罪を犯し、気がついたときにはいつ命が奪われるかわからない死刑囚になっていた――そんな月の裏側に一人残されていたような恐怖を自分のことのように想像しながら、その状況の意味を何年も考え続けた。それがこの物語の出発点になった。
(*1)参考:
"『1Q84』への30年】村上春樹氏インタビュー(上)" YOMIURI ONLINE↓こんなことを書いている人もいました。
・村上春樹『1Q84』が具体的にもたらしたもの・村上春樹『1Q84』とその受容に内在するカルト宗教性